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出雲大社がなぜ縁結びの神様と呼ばれているのか?

出雲大社がなぜ縁結びの神様と呼ばれているのか?

 

出雲大社 アクセス

 

一畑電鉄出雲市駅 → 川跡駅 → 出雲大社前駅下車 → 徒歩7分

 

●東京駅 − JR出雲市駅 新幹線(岡山経由)→ 特急やくも
 約6時間30分 

 

●東京駅 − JR出雲市駅 寝台特急サンライズ出雲
 約12時間

 

「神々の国」「神話のふるさと」と呼ばれ、古代遺跡や古社がいたるところに残る出雲の地。

 

「パワースポット」として「縁結びの神様」がたくさんいることで知られ、若い女性たちからも注目されている。

 

そして、出雲のなかでも中心的存在となるのが「出雲大社」だ。

 

旧暦で10月のことを神無月というが、これはこの時期に全国から「八百万(やおよろず)」の神様が集まって会議をするため、神社に神様がいなくなってしまうことからこう呼ばれる。

 

そして、八百万の神様が会議をするために集まってくる場所こそ、この出雲大社

 

それゆえ、出雲地方では旧暦の10月のことを「神在月(かみありづき)」と呼ぶ。

 

つまり、神様の間でも出雲は求心的な役割を果たす存在であり、なにやら不思議なパワーが宿っていると考えるのも自然なことといえる。

 



 

出雲になぜ八百万(やおよろず)の神が集まってくるのか、出雲大社がなぜ縁結びの神様なのか。

 

その理由は神話をひもといてみるとよくわかる。

 

出雲大社の創建は古く、「古事記」や「日本書紀」にも登場する。どちらも同じようなストーリーなので、かいつまんで紹介してみよう。

 

日本の国土を生み出した神は「イザナギ」「イザナミ」という夫婦の神。

 

この神様は淡路島、四国、隠岐島、九州、壱岐島、対馬、佐渡島、本州などの日本の国土を生み出した。

 

さらには海の神や山の神、風の神、食物の神などの多くの神を生み出した。

 

そのイザナギの子供がヤマタノオロチなどの神話で知られる「スサノオノミコト」。

 

スサノオノミコトは暴れん坊で、父から与えられた持ち場である海を離れて、ほうぼうを旅するが、最終的に地上に降りる。

 

そして、彼の子孫である「オオクニヌシノミコト」が、農業技術の指導や温泉開発、病気治療などによって日本国土を稲の実りの多い豊かな国へ発展させていった。

 

自分の息子や娘たちを全国各地に派遣し、その地を治めさせ、平和な日本となった。
ところが、スサノオノミコトの姉であるアマテラスオオミカミが天界から豊かになった日本を見て、天界の神に地上を治めさせようと決める。

 

アマテラスは、使者をつかわし、国をアマテラスの子供たちに譲るようにと申し出る。

 

オオクニヌシノミコトはこの国をアマテラスに差し上げるかわりに自分の住む家を作ってほしいと頼む。

 

こうして天の神々はオオクニヌシノミコトのために出雲に立派な宮殿を造った。

 

この「立派な宮殿」こそが出雲大社だ。

 

年に一度全国の神様が会議にやってくるというのは、全国に派遣されたオオクニヌシノミコトの子供たちが里帰りをするため。

 

その際に神様たちが今年1年の報告や来年の予定の打ち合わせをするようになったというわけである。

 

そして、その会議の際、「うちの氏子になかなか嫁が来ない男がいて・・・」「それなら、うちの氏子にも年頃の娘がいるんだが」という会話がなされ、誰と誰を結婚させるかといったことが議題に上がる。

 

出雲大社が「縁結びの神」と呼ばれるようになったのにはそんな理由がある。

 

もうひとつ「縁結びの神」と呼ばれる理由があり、それはアマテラスに日本の支配権を譲る際に、物質的な物事に関してはアマテラスとその子孫たちが管理するが、精神的なことについてはオオクニヌシノミコトとその子孫が管理すると、役割分担をしたことに由来する。

 

精神的なことというのは、目に見えないもののことで、縁を結ぶというのもそのうちのひとつ。

 

男女の縁だけでなく、仕事上のパートナーとの縁やお金との縁など、さまざまな縁を結んでくれるという。

 

また、オオクニヌシノミコトはスセリヒメと結婚するにあたり、スサノオノミコトがさまざまな試練を与えたという神話もある。

 

ふたりはスサノオの課した試練を耐え抜いた末に結ばれたことから、男女の深い愛情、かたい絆が縁結びの由縁といわれるようになったという説もある。

 

さて「古事記」によると、オオクニヌシノミコトは自分の住み家を天界の神々に建てさせるときにこのようなリクエストをしたそうである。

 

「天界の神様たちの宮殿のように、地底の盤石まで深く宮柱を太く立てて、大空に近くなるくらい高い位置に神殿を建ててください」。

 

出雲大社の社伝によれば、中古の時代には本殿の高さ16丈(約48メートル)もあり、さらに時代をさかのぼった古代では32丈(約96メートル)もあったとされる。

 

ちなみに現在の本殿の高さは24メートル。

 

当時の建築技術ではそんなに大きな建造物は建てられないとされてきた。

 

しかし2000年になって、直径1メートル以上の杉の木を3本束ねた「心御柱(しんのみはしら)」や「宇豆柱(うずばしら)」という柱の基礎部分が出土し、「96メートル」が俄然真実味を帯びてきた。

 

 



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